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続きで、教育について考えてみる。。。

私の今住むところの小学校では、もともとの少人数教育に補助員までがつき、ちょっと障害があれば専用クラスが作られるという、おそらくは全国でも非常に恵まれた部類の教育環境にある。

しかし、その学力水準は非常に低い。
人数の少なさとそのことによる固定性、つまりは競争のなさと、親を含めた教育に対する環境的な意識の低さが一番の問題だと思う。この地域の平均値の低さに、今どれだけの親が気づいているだろう。高校進学を真剣に考えるときになって、事の遅さに気づく親が少なければと思う。杞憂に終わればと、本当に思う。

都市圏では、今はそこそこの成績なら、高校進学はできるだろう。職業高校でも大学にすら進学は可能だ。だから、どうにかなる。親の資力さえあれば、親よりも高学歴も可能なのが現状だ。
 しかし、そこで行われている内容が、実は問題なのだ。高校が中学校化し、大学が高校化している。塾通いになれた子供たちは、大学生になってすら、自分で本を読み、問題化し、試行錯誤すると言うことができない。「結論は何か?」「どう暗記するか?」多くの優等生の興味はそれなのだ。「思考する」「発想する」「展開する」なんて事は、二の次なのだ。多くの学生がきちんと講義に出席し、きちんと単位を取って卒業する。しかし、そこで行われていることは、「塾」の延長に過ぎない。「思想」に向き合ったり、「世界観」を獲得するなんて事こそ、大学生に求められた事なのではなかったか。

産業のないところ、農業すらままならないところは何を育てなければいけないのか。人以外の何が、地域やこの国を活性化するのか。そこに投資できる公的な資金があるなら、きちんと考えるべきなんだと思う。豊かな自然に恵まれたこの地域で、体験に根ざした思考力のある子供を育てることは、この地域を活性化させ、そこで育つ子供たちにとっても学歴以上の価値を生むだろうと私は思う。

他方で、今回、久々に予備校講師時代の先輩と子供のことで話をする機会があったが、「学校ブランド信仰」とでも言うべき事態も深刻だ。「将来的に○○大学以下はだめだよね。親がきちんとコンセプトを持って受験指導しないと・・・」的な話に、本当に腹が立ってきた。その方は偏差60以上のいわば超難関校へをお子様を入れたようですが、だから何なんだとも、私は思う。高卒だろうが、中卒だろうが、大学がどこだろうが、頭の回転の鈍いのは、やっぱり鈍い。受験秀才の頭の鋭さと、実生活や学問やる上での頭の鋭さが異なるのだと言うことを、そのお方はやはり理解していない。
 さらに回転早かろうが、どこぞの官僚のように不正を成す頭では、やはり無駄な回転というものだろう。学問続けているから言えることだが、難関大の研究者ですら、どうしようのない人がいるのも現実だ。「受験界」に居続けると、やっぱり発想は偏差値から飛び出られないのだろうか。とは言え、ある程度偏差の高い学校だと、良い意味で刺激し会える友人の出現確率も高いのも現実だし。。。それでも、どこから、どの時点で「知」に向き合うのかが重要なんだと、やはり私は信じたい。

重要なのは、誰が言っているかとかなんて「権威」の問題ではない。「何を言っているのか」という内容の問題なのだ。そうして本当に一流の人は、やはりそういうことを解っている人が多いと思う。

本当の学力とは何か。
親として望んでいるのものは何なのか、子供が望んでいることは何なのか、教育者の端くれとしても、きちんと私自身が考え発信せねばならないことなんだろう。

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