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2011年3月

みなさんの善意は、届きました…

本日私の友のいる、岩手県陸前高田市小友町の

小友小学校 

に ようやく皆さんの思いを届けることができました。

道に迷い、というよりは、瓦礫の間を掻き分けられた迷路に迷い、
はからずも市内を通り抜けての道行きでしたが、
幼い子供のころに、そして帰省の間に子供たちを連れて行った
町並みも、そしてこの地を象徴する杉木立も、砂浜も、
一面何もない、・・・・

帰宅したら、
詳細な、ご報告はさせて頂くつもりです。
しかし、今は言葉もありません。

同時に、被災地の報道に接するだけで、ものをわかったように
(ご)立派な(ご)宣託のような(へ)理屈を、こねていらっしゃる方々に、
まずは、黙れ! 偉そうなことをいうよりは、行動せよ!
と、言いたい。
黙るだけでも、良いからとも。

悪しき隣人といわれる法律家の中でも
その中でも避ける人の多い法哲学研究者の(端くれだけど)私が
今強く思うのだから、
中途半端な議論は、(本当の)専門家に、
そして今後の長い歴史的・学問的検証のまな板に任せましょう。

今を生きる学者だったら、
横縦学者じゃなくて、重箱のすみっこ学者じゃなくて、そんなことも、
考えよう。

教育者としてなら、何ができるか、
大学という、社会的影響力の多い場所の一員なら何ができるのか、
よく考えよう。

今は、各人の具体的な援助が必要なときだ。
「まずは動けよ」「動けないやつは引退せよ」と確信しました。

とは言え、
私も含め、みなそれぞれに自分の生活を維持することも、
また当たり前に、大切なことです。
(でも、口先だけで偉そうなことを言っているやつは、覚えておきましょう。。。)

私もこの後は、
沿岸に比べれば些細な実家の損傷を兄とともに手当てし、
次に自分の家族の生活防衛、
そして大切な預かり物である学生たちのための講義・講座の準備
そして、住居地のみなさんの信託に答えるべき活動に
まずは、戻ろうと思います。

しかし、
この地の、この入り江ごとに小さな共同体のある三陸の地の
行政組織丸ごとが流されてしまった岩手、宮城の地の
そして、いまだ予断を許さぬ福島の、
青森から、岩手、宮城、福島までが、
まるですべてが
「原爆」の「絨毯爆撃」を受けたような悲惨な状況を救うためには、
組織的な対応と、末永い支えが必要だと、痛感しています。

私も、できるだけ、その試みを続けようと思います。

これを見た、皆さんも、それぞれにできる限りで、できる範囲で、
例えば、
ツイッターで発言してみるとか、
ブログで発言したり、リンクを張って引用してみるとか、
大学や会社で仲間を募ってみるとか、
市・長・村の議会議員から国会までの「先生」方
あるいは立派な学校の先生方にお願いしてみるとか、
試みてみてください。

私の行った小友小学校は、全校95名。
一名の犠牲者も、小学校の生徒には、出なかったそうです。
しかし、その隣の中学校では。さらに親・兄弟となっては。

数の多さに、麻痺してしまいそうですが、
一人の犠牲者でさえも、肉親にとっては、全てだ
という事に、思いをはせていただきたい。

現地は、いまだ電気も水も不通です。
犠牲者を探しだす自衛隊や消防団や地元の方々の人並みも続き、
とたんの苦しみに、
流れ去った瓦礫の山に突っ伏したままの人も、見ました。

もはや三週間目に入っています。
泊まり続けの先生方、24時間体制で対応する公務員にボランティア。
避難所の方々の、表情さえ、失われつつあるという現状。

マスメディアの中に映る人々の表情は、
東北の被災地の方々の
精一杯の心づかいに過ぎません。

私の、あなたの、できることを続けよう。

そして、いまできることをやってみよう。
非難よりは、称賛の輪を、協力の輪を広げよう。

それは日常の些細なことであっても。

今はそれが大切なことを、リアルに感じ、考えています。

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被災地の子どもに学童用品を!

ノート(学年により、罫線など仕様の違いあり)。
未使用の鉛筆、色鉛筆、クーピーみたいなもの。
消しゴム。ボールなんかも?。95人分。

上記が陸前高田で教鞭を執る友人から欲しいと頼まれたもの。

半島に突き出す根元にある彼のいる小学校は、左右からの波に揉まれたらしい。
 小さな町の全ての子供たちが、分散しての避難所暮らしとの事。
食べ物も水も行き渡り始めたらしいが、電気やガスはまだらしく、風呂に入れないなどの不便はありながらも、何とか暮らしているとの事。
 しかし、4月からの学校は、建物そのものが被災したために、まだ全くの白紙らしい。

「町から転校する子もいるかもな。」

この国の、東北の未来のために、子供たちの夢の実現のために、学ぶべき事は多いはずだ。今の悲嘆に暮れるよりは、将来ある子供たちは、むしろ遠い自分たちの未来のために生きるべきだ。
そして、それは大人たちをも力づける事になると、私は思う。

「地域共同体の崩壊」を許してはならない。

何気ない日常の歩みの一つ一つを取り戻していく事が、
そのためには必要なのだと思う。

幸い東北自動車道の一般車通行も可能となり、燃料事情もそれを許す状況になっている様だ。もともと母の一周忌のためにとスケジュールも空けたままだし、実家の様子も気になる。実家を含め、家族の了解も得られたので、この週末に私のできる限りの学童用品をそろえ、東北に、彼の下へ向かおうと思う。

こんな試みは、そもそも長い取り組みが必要なものだ。
大海の一滴に過ぎない。

しかし災害からの復興は、まだまだ長い取り組みが、広範囲に渡って必要となるはずで、

その中で、国家が取り組むべきもの、自治体が取り組むべきもの、また被災地で、それぞれの住む地域で、公の問題から私的な問題、産業・経済から日常生活、情報コミュニケーションの問題から法的問題と、整理し解決すべき問題が山積しているのは明らかだ。

だからこそ、被災地に日常を取り戻さなければならない。
教室からは朗読の声が聞こえ、歌声がこだまし、
校庭からは、ボール遊びや鉄棒をする子供たちの歓声があがらなければならないのだ。

すでにどこかで同じように考え、そして動き出している人もいるだろう。

「被災地の子供たちに学童用品を。」
ノートを、鉛筆や消しゴムを、そして本を。
野球道具を、楽器を。

被災地のために次のステップを考えて、
用意をしておくのも、私たちにできる事だと思う。

そのために、まず自分のできる事を。

今日はキャンパスも卒業式。
華やかな式典はなくなっても、構内は華やかな色合いに染まっている。

私は、あの美しいふるさとの惨状を、しっかりと目に焼き付けて来ようと思う。

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東北関東大震災と人間の器

この間、実践活動が議会開催中とあって、
その本来の議会活動に加え、震災に対する議会活動を考えたり、
所属する自治体の震災対応を確認したり、東京電力の輪番停電に伴う影響を最小化しようと個人的に活動したりと、亡くなっているであろう故郷の友人・知人のことを悼む間もない過ごし方をしていました。

さらに加えて、担当する大学部署の震災対応に、個人としてできうる限りの努力を試みていました。

自治体の方はさすが、厳しい批判にさらされ選ばれたリーダーだけあって、ある意味そつのない対応が採られています。周辺自治体を見ても、日本の公務員は、何だかんだ言って優秀じゃないかとも思います。

しかるにあの大学の、この対応。

ほぼ小さな自治体と同規模と言える大所帯にあって、
さぞや優秀な頭脳を抱える大学にあって、
被害のあらわになった建物くらいは本格的な耐震診断に取りかかったりすべきだし、この休み期間にでもさえ、勉学したり、スポーツで自己鍛錬しようと登校する学生の「安全確保」や利便性の確保くらいはすべきであろうに。。。

一人暮らしで、輪番停電の影響さえ予測できない「子ども達」の指導くらいは、今の大学生にも必要なんだよね(良かれ、悪しかれ)。

比べて、故郷の被災のみなさんの抑制ある態度には、
また、惨禍の渦中、
その自らの人命を賭して任務を全うしようとする人々には、
本当に頭が下がります。

教育者として育てるべきは、
単に口先だけの人間や、メンツや肩書きだけで生きる人間じゃーない!
と改めて強く思います。

反面、きちんと情報分析できたり、情報評価できたり、
得られている情報から何を将来予測して、
採るべき対応と発想していけるかも、非常に重要です。

そういう意味で、
危機的状況ほど、その人間の器が出るなー・・・
などと、居合わせた人たちと言い交わした一日の終わりでした。

責任者は、責任とるから高給と権限を保証され、
普段も偉そうにしているんじゃないの?

這ってでも出てこい。
逃げ出すんじゃない。
今が危機管理すべき時でなくて、いつだというのだ?
じゃなければ、できる人間と、とっとと替りやがれ!

一般人で凡人の私としても、強くそう思います。
職責を果たそうと努力している人が、ほとんどだとは思いますが。

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形式と実質、法の臨界

報道を見るたびに、胸が痛みます。

幸い親族の安否は確認でき、その被害も、甚大な被害状況にある沿岸部の方々に比べようもなく、軽微なものと確認できましたが、そうであるが故にさらに、その地形を知り、空気をリアルに知悉するが故に、特に沿岸部には、今も救命を待つ方々のいることを、そして救助された方々の今のご苦労・ご心痛、そして今後を考えての絶望にも、容易に想像が及びます。

法哲学者としては、
この状況に、どのような対応がとられ、必要とされ、何が問題として起きているのかを十分に注視しておこうと思います。

この国の経験する未曾有の災害であり、
そうであるが故に、
日常経験する「法の常態」に対しての「限界事例」、
いわば本当の「法の臨界状態」がそこに生じると考えるからです。

横のものを縦にするだけが、
論理的な整合性だけを考慮することが、
私の法哲学ではないからです。

もちろん、故郷の惨状に、
個人的にも何ができうるのか、
あらゆる方向性を踏まえて考えるつもりです。

ふるさとのみなさんのご心痛には深く哀悼の意を表します。
さらには今現在も続いているご努力に、
惜しみない賛辞とエールを送らせてください。

ごく個人的には、
おそらくはその中で、一層の努力を続けているであろう
私の出身高校、一関一高の、関高の先輩・同輩・後輩のみなさんへ。

立ち上がれ!

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三陸沖大地震を悼む

テレビに映し出される ふるさとの惨状

押し流される土砂や車の中に

巻き上がる黒煙と ほの見える炎の下に

また幾多の命が失われたことか。。。

これ以上の惨禍にならないことを祈るばかりです。

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