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2011年4月

専門家の責任と個人の主体的決定

子供用に選択する必要もあって、
時間をかけて新聞記事を丹念に読む事が多い。
本日の朝日新聞の「耕論」には、
私の専門的関心からも非常に興味深い記事が並んでいた。

その中で、一つは科学技術論が専門の藤垣氏のもの、
もう一つは、韓国の元駐日大使の崔氏のものが気になった。

藤垣氏のものは、私が要約すれば、
リスクの許容範囲・管理決定を専門家だけに任せず、
よりオープンな議論で決定すべき事、
同時に市民も情報武装すべきであり、
個々の市民は自らの判断を優先すべきであるとの主張であると読む。

対して崔氏のものは幾つかの論点を含んでいるが、
日本の専門家・知識人・政府企業のリーダーシップに期待するものと読んだ。

この二つは最初対立する主張の様に見えたのだが、
藤垣氏の主張も、個々の決定には当然のことながらリーダーシップがなければ「決定」ができない現実を考えれば、
それを前提としているものとも読む事ができるだろう。

その上で私が疑問に思うのは、藤垣氏の見解へで、それは、
「では、専門家の責任って、何だ?」
という疑問に尽きる。

細かな技術的情報を一々収集し、評価し、検討し、判断できるだけの「能力」と「時間」を持つのは、どれほどの「普通の市民」なのか?
専門家の討論は、そのような評価検討ができないほどに、権威主義的で、足引っ張りなものなのか?

だとしたら、それこそ問題だろう。

市民を入れたオープンな議論の中でそれらが決定されるとしても、
それは最終的には法的問題となり、
政治家や法律家にその決定はゆだねられる事になる。

日本の政治家はそういう決定ができないほどに、無学であり、理解力もなく、合理的思考もできない人間の集まりなのか?
日本の法律家は、そういう決定の法的整合性を取れないほどに、馬鹿者なのだろうか?

逆に現代のあふれかえる情報を基に、個々人が自由な行動選択を採る
「混沌」を視野に入れてみれば良い。

藤垣氏の主張の先には、私にはアナーキズムが見えるような気がする。
そしてアナーキズムは、
限られた範疇の中でしか成立しない考え方の様に私には思える。

「社会」が「社会」として成り立っているためには、
何らかの「秩序」が、
あるいは「秩序化」が必要だというのが、今の私の考えだ。

しかし翻って、
今の自分が、
今負っている責任を十分に果たし得ているかどうかという話になると、
「忸怩」
たる思いが強い。
正直には。
誰にも見せないけど。

インディー・ジョーンズだったり、スーパーマンだったり、
何でも良いけど、そういう昔に返りたくもなるってもんだ。

話はすでに落ちちゃったのだが、
酒飲んだり、人と話をしたり、特に一人で家にいたりするときに、
この忸怩たる思いが変な形で出る事が多いんだな。
最近。

奥さん、ごめんなさい。
いつものササさんと違うなとお思いの方々、ごめんなさい。

「オラ、おら!こんなとこでくっちゃべってないで、勉強しなさい!」
なんて部屋から追い出した学生さんたち、ごめんねー。

その他にも、ご迷惑のおよびの方、お許し下さい。

できるだけ早く、いつも私が念頭に置いている
イディアル・リアリスト、プラグマティストにもどります。

さて、次の震災対応は、
連休後半に第二回援助として、スポーツ用品を届けに行くつもりです。

講義の新しい形もやりたい、なんて考えていたはずでした。
論文も書こうなんてね。

それらは、明日から次々に!

((^_^;)\(・_・) オイオイ、今日からだろ・・・)

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平成の学童疎開

今必要なのは、学童疎開ではないだろうか?

「平成の学童疎開」

昭和の大戦時に、空襲を避けるために行われた都会から田舎への子ども達の一時的避難を、この空前絶後の東日本の沿岸部の子ども達が、震災からの復興に目鼻がつき、大人達が落ち着くまでの間、行う必要があるのではないか?そんなことを考えています。

もちろんそれは、一月であろうとかまわないでしょうし、がれきの山が撤去され、仮設住宅が完成し、人々の新しい生活の基盤ができあがるまでの限られた期間と言うことになるでしょう。

がれきの撤去され、新しい生活の基盤のめどがつくまで、
校舎が整い、校庭や校舎での子ども達の活動のめどが立つまで。

小さな子ども達は無理にしても、
ある程度高学年の子にとっては、ある程度は大人にとっても、
必要なことかも知れません。

幸い神奈川県には、研修施設なども豊富にあり、その負担軽減のために閉鎖になったばかりの施設もあります。
一時的にそのような施設も利用し、学校ごと、学級ごとの受け入れは可能でしょう。

もちろん希望がそろっての学童疎開でしょうが、当初予定されていた4月からの授業再開が様々な理由で困難を極める中、検討されて良いことだと思います。

実践活動家としての1回生の平議員が、どこまでできるか判りませんが、すでに検討されていることなのかどうか、検討の余地はないものかどうか、十分に精査の上、各方面に働きかけてみようと思います。

加えて研究者としても注目しておくべき重要点が見えてきたような気がします。

一つは、土地所有権の問題。
財産権が人権上重要であり、土地所有権が財産権の中でも重要なものであることは、常識的でしょうが、私には今まで、欧米的な排他的・永続的な土地所有権というあり方に、どこか違和感をぬぐえない部分がありました。

日本的なあり方。
歴史的な経緯や今後のあり方を含め、勉強しようと思います。

二つ目は、法的な日常と非日常の狭間の問題。
細分化され組織化された現代社会の中で、
ルーティンな活動の重要さは、再確認されたと考えます。
しかしながら、その日常が破壊された、
あるいはその日常の困難が生起している場合の新たなルーティンの構築。

それはもはや法制度の問題であり、
一歩俯瞰すれば、法哲学上の根本的問題でもあると考えます。
世界恐慌や二度の大戦を目の当たりにした法律家達と同じように。

閑話休題

昨日は、食事会話のついでに師匠に、
「夏までにハートvsフラー論争の再検討をします!」
なんて大口をたたいてしまいました。
この前、と言ってもすでに昨年、新著を手に入れたばかりだったから。

能力以上の仕事を抱えるのは、
やっぱり賢くないのだな・・・。
馬鹿な、オレ・・・。

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需給のミスマッチ

大学は、ふと気づくとサクラの満開の季節だった。
私の場合、今日から本格的な今年度の講義が始まります。
昨年から仕事を減らしたとはいえ、
まだまだ移動する校舎や学校が多い日常です。

気づけば、昨年のサクラを見た記憶がない。
今年のサクラを見た記憶は残るのだろうか。。。

今日夕方、陸前高田の友人から電話がありました。

先月末に届けたものを
やっと今日希望者に分けることができたとのこと。

文房具を両脇に持ち帰る保護者や、
何と言っても、
身の丈以上のバットを引きづりながら、
ニコニコ帰る子どもには喜ばされた
と、あの友人が、おそらくは涙声で感謝していました。

これも皆さんの善意のつながりを
いち早くつなげることができたからのことだと思う。

しかし、他方
各地の行政を通じての援助物資は、滞りを見せている。
それは、私の住むこの地域のものも例外ではない。
運送の問題に加え、集められたものが
すでに被災地の需要とは合わないものが出ているようだ。

もちろんこの問題を「被災地のわがまま」と見るのは、
善意の強要であると、私は考える。

そんな中で、ツイッター、ファイスブック、
そんな新たなソーシャル・ネットワーク・メディアの有効性は
やはり高いようだ。
同時にそれを使いこなす技術的な能力とともに、
それを利用する際の言語能力というか、説明・理解能力、
さらに、既成の発想にとらわれない豊かでより高い発想力も。

避難所では、
些細ないさかいも頻発し始めているようだ。
原発の危険性も、さらに予断を許さない。

だからこそ、
子ども達に向けた、次のさらなる援助を考えようと思う。
そして、
具体的に動き出そうと思います。

幸いにも
職場の大学の現地支援にも兄を通じて、
少しばかりの助力ができそうな流れで、これも頑張りましょう。

次は学童用品から、子ども達に日常を取り戻すための
本やスポーツ用品です。

元気な子ども達の姿を取り戻そう。そのために。

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援助と選挙のアーキテクチャー

炊き出しがあちこちで行われ始めている。
でも、それは本当に必要な人の所へ行っているのだろうか?

大規模避難所には、大規模避難所に行き渡るだけの量の確保が必要になる。
しかし
問題なのはもはや大規模避難所ではなく、自宅避難をしている人や、地方の交通事情の悪いところにある小規模避難所ではないかと思う。

「義援金」と「支援金」の違いなんて、きちんと理解している人はどのくらいいるのだろう?
それらを分配する各種団体の透明性の確保も問題だ。
例えば、「日本ユニセフ協会」はあの国連機関の「ユニセフ」とは、直接的には関係性がない。
しかも本物の「ユニセフ」でさえ、すべての寄付金を東日本大震災に当てるというわけにはいかない様だ。

ランドセルや絵本・書籍類、学童用品なども、新聞報道も行われ、各種団体も取り組みだしたが、
対象ごとの需給をどのようにマッチさせるのかが問題に思える。

地方ごと、地域ごと、施設ごとの被害の特殊性やそこから発生する需要に、
どのように供給をマッチさせるか。

それは支援の構造=アーキテクチャーの問題だ。

とりあえず私の場合は、
現地に直接の情報源を持つわけだから、
そのニーズを的確につかむ必要があると考える。

はっと気づけば、今週末は統一地方選挙。

もちろん自分の事を棚に上げて言うのだが、
議員の質というのは、
国から都道府県、果ては市町村まで、何でこんなに低いのだろう?と思う人がいるものだ。
立法府の議員にもかかわらず法的なイロハが判っていない。
ならまだましで、人権感覚の乏しい議員までいる始末。

兼業しなければ生活もままならない極小市町村議員ならいざ知らず、
国会議員になるのに、なってから勉強します!なんてのには、呆れてものが言えない。

たとえば、
今回の私の住む神奈川の場合、
有力候補の知事は、東京鞍替えを目論むも失敗し、
自民党が元マスコミ・現大学教員の落下傘、そして赤色政党候補。
民主党が独自候補を擁立できず、
地元の町長さんからの立候補者は、苦戦の様子。(頑張ってもらうしかない)

考えれば
タレント議員や有名落下傘にしか投票できない有権者だからこそ、
既成政党幹部もそんな馬鹿にした戦略を採るのだろうが、
大学教授なんて、所詮責任とるほどの度量のある人はごく少数だし、
狭い専門分野でも有能な人間なんて数えるほどなのに、
マスコミ上がりの大学教授なんて人寄せパンダだろ。。。
メディアの出身者で、責任ある言動をし、たんなる文句野郎じゃないなんて人は、どれほどいるのだろうか。

市町村議会から首長、そして都道府県議会・首長、国会へと
政治の段階を追って人材を確保しリクルートできないというのは、
既成政党に属する議員のけつの穴の小ささか、もしくは馬鹿さ加減か
さもなくば、これも構造=アーキテクチャーの問題だろう。

もっとも、それも含めて有権者のつけだと言われれば、
日本の政治・権力構造=アーキテクチャーの問題だ。

あっちからこっちへと、考えるべき事は多い。。。

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東日本大震災:ご報告そして・・・

私には、「悲惨」を語る語いがありません。

だから、写真を載せようと思います。
しかし、
「写」「真」と言いながら、ここには
「真実」はおろか「事実」さえも、写っていないと感じます。
もちろん、まして「真理」など。。。。。

「現実」は、写真などには写らない
「ほこり」や「におい」や、「悲嘆」とともにあります。

20110329_4

上が私の目指した、そしてみなさんの善意が届いた
 岩手県陸前高田市小友町 「小友小学校周辺」

右手が陸前高田市方面、中央付近が大船渡市方面。
小友小学校は、広田湾と大船渡湾に突き出た小さな半島の付け根に当たります。
津波は両側から押し寄せ、校舎一階を完全に水没させたそうです。

校舎・校庭は避難所の方々が早速に片付けたそうですが、
消毒が住むまでは使えないだろうと言うこと。
もちろん周辺は3/29の時点で、未だ手付かずです。
小学校の向こうには、もはや廃墟のような小友中学校が見えます。

2011032909

上は 3/29 の時点、岩手県陸前高田市内の様子
この写真からは明らかではありませんが、
高田市内は海岸部を中心に大規模に陥没し、
特にバイパスからの沿岸部は陥没によって海になってしまっており、
海沿いの球場などは、そこだけがかろうじて浮かぶ孤島になっていました。

そしてもう一枚、陸前高田市内

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下からの三枚は、同日の宮城県気仙沼市内の様子。

2011032953

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201103292

上の3枚は 3/29 の時点での宮城県気仙沼市内の様子。

下は、同日の宮城県気仙沼市大谷海岸駅付近の様子。
(写真の右と左は同じ建物で、重なります。)
駅から松林と砂浜が広がり、海水浴場や土産物店が連なる一角は、
商店街は跡形もなく、
砂浜は全体的に陥没し、波が打ち寄せています。

329

善意の強要になることを恐れ、
限られた方々にしか話をしなかったのにも関わらず、
ブログや口コミから大勢の方に援助を戴き、短期間にこれだけのものが集まりました。

20110328s_3届けることができたものは、
ランドセル15個、スクールカバン・リュック等多数、
学習用ノート約200冊以上、その他画用紙・落書き帳など多数
鉛筆・シャーペン・赤鉛筆400本以上、消しゴム100個以上
クーピー・色鉛筆・絵の具・蛍光マーカー セット、定規類多数、など大量の文房具用品、
絵本、子供用玩具、トイレットペーパー120個 など大量の日用品と子供用玩具
そして、野球道具やゴムボール、なわ跳び、等々

直前までお声かけを頂いたので、
すべてをリスト化できませんでしたが、
全校生徒95名に十分な量は、確保できたのではないかと思います。
もちろん、周辺の学校や避難所にも声をかけて
有効に使わせて頂くとのことでした。

清川村のみならず、愛川町・厚木市、そして職場の同僚
25名と二団体の皆様、
個人ブログですので、お名前掲載の了解を得ておらず、
挙げて良いものかどうか確信が持てませんので、このような形にしますが、

本当に、有り難うございました。

帰宅後、追加の援助のお申し出も多数頂いております。
しかし、
今しばらく一考の時間を頂きたいと考えております。

この復興は、長い時間を要するものと思われます。
電力事情に加え、工業分野や農業・漁業分野にわたる広い影響を考えれば、
「復興バブル・援助バブル」で終わらせてならないことは明白です。

地元の方々の必要とする「復興支援」の内容は、
日々、各地ごとに異なりを見せ始めています。

同時に支援や援助に名を借りた売名や金儲けも見え始めている様な気がします。

被災地から遠く住む私たちにも、様々な形で
まだまだ影響は及ぶでしょう。

日常をつつがなく、
今ある幸せと、その危うさをかみ締めながら、築き上げることも
また復興や援助の一部であるとも考えます。

援助を巡る様々な問題が私にもはっきりと見えてくるまで
その中からまた新たな、
「長期的な視野に立った援助」の姿が見えるまで、
もう少し、考える時間を頂きたいと思います。

みなさんの「善意」を一滴たりとも無駄にしない、
被災地のみなさんの必要とされる
誰でもが可能な支援のあり方を、考えてみようと思います。

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