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2011年5月

小友中学校の運動会

小友中学校の運動会

夕方久々に自宅にいて、何気なくTVをつけたら、
この前訪れたばかりの陸前高田市小友小学校が映っていた。

内容は、同居する小友中学校の運動会が、
雨の中で行われたとのこと。

二度にわたって皆さんの支援を届けた子ども達を
私も初めて見ることができました。
同時に、少しも変らない復旧の様子も気になりましたが。

大海の一滴に過ぎない援助だったかも知れないけれど、
少しでも彼らの日常に向かう手助けになっていればと、
目頭がアツクナッタリシテ・・・

何気ない日常が
もろいものだと、改めて気づかされます。

同時に、
ろくでもない事で、時間と労力と精神力を浪費する
政治屋やエセ学者さん達に腹が立ったりもしますが・・・。

放送は、TBS午後六時からの夕方のニュース番組でした。
改めて皆さん、有り難うございました。

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一石三鳥の被災地支援

今必要だと思うのは、もちろん善意と必要性を効率的に結びつける「組織」。

NPOがもてはやされ、行政に各地からの支援要員が送られているとしても、未だその人員に限りがあり、また現地の人と状況を把握し切れているとは言い切れない状況のようだ。

特に、短期で入れ替わる行政派遣要員は、仕事を覚え、顔なじみになって、現地の土地と人を把握して仕事を円滑に進むほどになれずに終わっているのではないだろうか。
「行政組織壊滅」の所ほど、ある程度安定的な「組織」構築が必要だろう。

それに、片付けをボランティアに頼る体制も問題ではないだろうか。

災害によって休眠状態を続けざるを得ない企業や事業所も多い。
仕事を奪われた人々に、
なぜに早急に「仕事」と「給与」を割り振る体制ができないのだろうか。

言わずもがなの対策ばかりでなく、
現地での話から得たヒントを書いておきましょう。

現地の学校や保護者会/PTAとかが、現に困っていることは多い。
切実には、通常授業ができない状況を生む学校備品の欠乏とか、学習グッズとか。

顕微鏡とか、家庭科室の鍋釜とか、食器とか、工作室の工作機械とか。

被災地支援はまだ、そのようなきめ細かな援助にまでは手が回っていない。
通常授業の学習計画は、行政の援助を待つわけではない。

そこに、「基金」があれば。

現地で必要なものを各団体が、「基金」に連絡する。
「基金」は購入可能な上限金額を団体に伝える。
現地団体は、地元企業に注文を出す。
請求書は「基金」にまわり、支払いは「基金」、品物は現地へ。

この方法の利点は数多いと思う。

まず地元需要に対する即効性/即応性。それに現地企業の振興策。
「基金」は目に見える援助を行うことができ、寄付をする人も使い道が目に見えると同時に、即時的にその効果を知ることができる。
余計な輸送エネルギー消費もないだろう。

私には、一石三鳥の良策に思えるのだが。

もちろん欠点と思われることもあるだろう。

例えば、ネット接続状況が回復していない状況では、一頃のように、もはや必要としない援助の申し込みを、現地を知らない援助ボランティアが延々とフォローし続けるという弊害がうまれるだろう。
しかし、もはや現地の接続状況も回復しつつあり、現地団体が直接に必要物資をネットに揚げることのできる環境は、すでにできあがりつつある。
だとすれば、もはや弊害は、
「基金」が選ぶ援助団体をどのように公平に選択したかとか、
すでに現金を持つ「基金」であれば、寄付者に事前にそういう使い方を断っていないとか言う、こちら側の理由に過ぎないだろう。

確認しようとしたのだが、見つけることができなかったので実名は伏せるが、
すでにそういう試みをしつつある団体もあるという。

時間を割けない人々が、気持ちだけでもと寄付する「義援金」は、
最終的には日本赤十字や共同募金会に行くのだが、その分配は遅れている。
そして実は行政が義援金を受け取る場合、その使用先や方法は、その首長判断に任されている。

NPOでは、組織の運営にもその費用が充てられてしまうだろう。

誰かどこかに、度胸と決断力のある首長さんはいませんか?
事務経費くらいは、自前で持とうという企業や教育団体はありませんか?

とりあえず、どんな学校備品が必要かの一例を示すリストは手元にあるんですが。。。

働きかけは、すでに始めています。

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第二回 被災地支援報告

先週5月14日、第二回目として今回も多くの方々のご協力を戴き、
陸前高田市小友小・中学校に、
野球用品(バット、グローブ、ボール、スパイク、ヘルメット、バッグ等)
バレーボール、サッカーボール、バトミントンのセット
小さな子供用の遊具
手作り石けん          など
多くのものを届けることができました。

当日私の友人はあいにく留守でしたので、後日早速に電話連絡をくれ、子ども達だけでなく、ママさんバレーを楽しむお母さん達も大変喜んでくれていることを伝えてくれました。

特に多くの野球用品は、小学校の子ども達だけでなく、大会を控えた中学校の子ども達の活動にも早速生かされ、「これでクラブ活動が再開できる」との伝言まで頂きました。

もちろんのこと、多数のボールなどは、周辺のクラブや学校でも使えるよう手配するとのことでした。

今回は、息子の所属する硬式野球クラブ「厚木ボーイズ」代表の全面的な協力もあり、保護者会の方々からも多数の協力があり、大量の練習用ボールや新品の道具類に加えて、練習着なども送ることができました。
前回同様、二回目の援助の方も多くいたことは感謝しきれません。

加えて前回同様、私の住む清川村の小学生野球チーム「清川緑リトルスターズ」とその保護者の方々、緑小学校でお付き合いのあった保護者の方々がさらに追加の、そして今回は「清川村の子供会」の子ども達が、手作りの石けんを届けてくれるなど、真心のこもった品々を届けることができたのではないかと思います。

ご協力頂いた方々には、本当に有り難うございました。

現地の方々の感謝の分も、
心ながら何度も感謝していることをここに明記しておきます。

現地は前回と比べ、市内はだいぶ片付き、散乱する多くの瓦礫は
市内のあちこちにまとめられていましたが、
海風が吹くたびに舞い上がる大量のほこりは、
さらに災害の規模と悲惨さを物語るものとなっていました。

そして、ひとたび郊外に出れば、
そこには、まだ撤去しきれない大量の瓦礫が散乱しています。

田んぼや畑や、山林や海岸に散乱する多くの瓦礫を取り除き、
美しかった三陸の風景がもどるまでには、
まだ、多くの時間と地道な人の手が必要でしょう。

連休が明け、学校が通常にもどることからか、
平日のボランティアの数も激減しているようです。
加えて、自宅の砂や泥の撤去に人手は欲しくとも、見ず知らずの人手を借りられない田舎の人と、何とか都合をつけるボランティアがいても、それを効率的に結びつける「組織」の余裕がないことも、復旧の端緒である片付けすら迅速に進まない状況を生んでいるように見えます。

対照的に、炊き出しに訪れる芸能人と、そのための整理券配布などの作業を押しつけられることに、うんざりする現地責任者。

「被災地支援の需給のミスマッチ」を象徴する場面に、私も遭遇しました。
もちろん、東北の被災地の人が「うんざり」する表情を見せるはずもありません。
私の深読みかも知れません。
これももちろん、未だ炊き出しを必要とする避難所も存在し、必要とする人々もいることでしょう。

しかし、「必要とする援助は、時々刻々、場所ごとに異なりを見せている。」
と言うのが、もはや月並みかも知れませんが、
二回目、震災から二ヶ月を経た現場を見た上での私の実感です。

そんな中で、少しの間中学校の先生達ともお話をし、その後電話で友人とも話をした中で、おもしろい支援のあり方に気づきました。

それは、項を改めて。

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日常世界を浸食するもの・・・

本日付の朝日新聞、オピニオン欄に社会学者ウルリッヒ・ベックの原発事故に関するインタビューが載っている。

現代が「システム社会」であり、そのシステム社会が無責任化しているという指摘には、私も異論がない。

しかし、後段の彼の話と新聞見出しの「産業界や専門家に判断独占させず、市民の関与進めよ」には、若干の違和感がある。

なぜなら、民主主義のシステムにおいては、現在でもそれがうまく機能しているかどうかの問題はさておき、大きな政治的決定のプロセスの中に、市民の判断は織り込まれていることが前提になっていると考えられるからだ。

少なくとも形式的には、最終的な政治的決定は、現在でも産業界や専門家が独占的にしているわけではない。政治家は、立法過程で民意を反映しつつ、最終決定をしている。
その過程への市民参加をもっと容易にとか、市民への情報公開をもっと拡大せよなどと言う主張なら理解できるし、引用からうかがえるベックの主張もその域を出ていないように思える。

「判断独占」、これをどのように受け止めるかが、私の違和感の元凶だろう。

もっとも違和感の元凶には、もう一つのそもそも論も控えている。
それはベックの言う、現代社会はリスク社会であり、現在の制度がその解決に適応していないという主張だ。

私は現代社会が、特にリスク社会だという主張に素直に頷けない。
リスク社会の解決に、制度やシステムの構築自体が無意味だというなら、それも頷けない。小さなリスクの軽減のためにシステムは構築・改良し続けてきたのだし、それがより大きなリスクを生み続けていくなら、そのリスク回避のためのさらなるシステム構築・改良が必要にならざるを得ないだろうと思うからだ。

それ自体をどのように考えるかは、ベックのお話の詳細を検討しなければならないけれど、オピニオン欄の編集者の後記に、昔買い置きしたままの資料をもう一度読み返してみようかなーなどと言う思いを強くした。

ハバーマス vs ルーマン論争

いやしかし、
法哲学者のお勉強というのは、何でこんなに地味なんでしょう。。。

追伸:
第二回被災地支援として、
陸前高田市に再び今日から向かいます。

今回も大勢の方々から支援物資を大量に預かりました。
野球のバットやグローブ、ボールにスパイク、バックなど
バトミントンのラケットや羽と、バレーボールにサッカーボールなど、
さらには小さな子ども達へのおもちゃ類や
清川村の子ども達の手作り石けんなど、大切な気持ちのこもった品々です。

皆さんの「心」と援助が、子ども達に伝わり、
笑顔がもどってくるよう、気をつけて向かたいと思います。

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連休の中休み・・・

そもそも休み期間なのに、中休みというのが「矛盾」というやつ。
でも、まさに今日は私にとっては中休み。

子どもの野球、
連休がこんなにハードなスケジュールとは、思いもよりませんでした。
で、
明日からは、またハードな日程になります。

横浜方面二カ所に、
トドメは日曜の静岡方面遠征。
連休帰省の渋滞にはまった先には、何時に帰れる事やら。。。

もっとも愚息はこの連休も、連休特訓とやらもあり、
朝からの野球活動に、夜のお勉強活動。。。
自ら選んだこととは言え、よくやっているものです。

お父さん役も朝から夜までの送り迎えに、
帰宅後の韓国歴史の映像利用のお勉強+アルコール。
よくやったと思いますわ。

あと二日、ガンバ-ろー・・・

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フェース・ブック してみっか?

こんだけ騒がれていると、
いかに「めんどーくせーことは、きらい・・・」な、私でも
「やらざるをえんかなー」位な気持ちになってきています。

遠いとは言え、いくらかは関係した論文もあることですし・・・。
実名活動なんて、当たり前の世界の活動もしていることですし・・・。
大学内活動や学会活動で終始しようとも思ってないですし・・・。

でも、初期設定やプライバシー設定、
始めたら始めたで、面倒なことも多いなあ・・・
と言うのが、ここ二週間位お勉強して感じることです。

ま、今日は「友引」。
ネット活動に陰陽五行とは時代錯誤もハナハダデスが、
これから、開設設定してみようと思います。

で、facebook 開始です。

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