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2011年6月

本日の読書

週に一日くらいは、ゆっくりと読書する日を設けないと、
発想が貧困になってしまいます。

本日は、奥様が夕方までいない様子。
ななちゃんが体調不良で家にいますが、手を煩わせる子ではないので、読書に集中できました。

まずは、林成之『子どもの才能は、3歳、7歳、10歳で決まる!』
医学的な脳の発達段階に応じた子どもの能力開発を勧めています。
厳密に年齢と発達段階が適合するものではないという点をおおざっぱに考えれば、実際の子育ての経験からも頷けるものがあります。

次に、吉田たかよし『勝てる子どもの脳-親の裁量で子どもは伸びる』
内容的には重なるもの有り。
受験のエキスパートである著者の主張には、私の塾・予備校講師の経験からも頷けるものが多くあります。

次がNHKの『テストの花道』
これ、二週間くらい前に読んだ、できるこのノートの見本みたいなものを特集した雑誌と合わせ、是非とも奥様には参考にして欲しいものです。
下手に外で働きますなんてのよりは、子育てや家事を完璧にする方が、私にとっても子ども達にとっても、望ましい家庭だと思うのですが。。。

最後が、渡辺弥生『子どもの「10歳の壁」とは何か?-乗り越えるための発達心理学』
今日読んだ本の中では、これが一番おもしろかった。
規範意識の生成研究なんて、私の専門にも役立つような内容でした。
これは取り置き決定。

一応奥様に読書を勧めますが、その後は村の図書館に寄贈できればとも考えています。幅の広い読書は、哲学者には必要悪だし、議会議員として教育問題に関心を持つ私には必要な読書でした。

と言っても、やっぱり読みやすい本から手を出してしまいます。
この本何とか片付けて!
と奥様はうるさいのですが、歳費もらっているわけだし、教育に関することに興味を持つ人も多いと思いますので、奥様もお読みにならないようであれば、図書館にでも寄贈することになるでしょう。

興味のある方はお読みください。

夕方からは、息子の野球練習へのお付き合い。
ビール飲んで、カレー食いつつ、自宅PCも研究室環境と同じような感じに整備できたので、いよいよ、研究にも順調に取りかかれる?

とりあえず、もう腕も上がらないほどに疲れたので、
韓歴ドラ見て、水割りでもなめて寝ましょう。。。

明日から愚息は、関東選手権予選が始まります。
イマイチだった日本選手権予選。
学校の期末テストもありますが、ぶんぶ、ブンブとうるさい父親します。

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おなかの筋肉を鍛えよう!

あの震災で、高校時代の友人に久々に合った事もあって、昔の習慣とか思い出がよみがえる事が多くなっています。

久々にブラスバンドの音が聞きたくなって、吹奏楽のレコードを聴いたり、
『船に乗れ!(藤谷治著)』なんて文庫本を寝しなに読みながら、
高校時代の部活を思い出したり、
山下達郎の Ride on Time なんてのを車で聞いていたら、
一瞬で凍り付いたほどの
一目惚れ体験なんて事まで思い出してしまいました。

と、先日遅く帰宅したら、高校部活の同窓会からのお手紙。
今夏の定期演奏会は、お盆中に記念大会として行い、
OB会のステージ参加があるとの事。

ばか言ってんじゃーねーよ!
この腹筋で、トランペット吹けるわけネーじゃーねーかよー・・・
だいたいにして曲目も決まってないのかー!
どうやって、練習せーっていうねん。(『星条旗』はやらなあかん!)

などと、東北人なのに、変な関西弁混じりでつぶやいてみたものの、一番の問題は、やはりこの腹筋です。
管楽器は、実は強靱な体力を要する楽器なのです。
残されたこの二ヶ月を切る間に、
体をつくり、楽器の操作感を取り戻さねばなりません。
となると、
もともと私は一年の時しかトランペットパートに所属していなかったので、
コンダクターですと言い張るしかない。
がこれも、やりたい人は多いでしょうし、名だたる先輩も多い事を考えると、楽器持ってマネキンかな-・・・。

ヤニ臭いトランペットはいやなので、たばこもやめねばならないでしょう。

うーん、考える事は多い。
とりあえず、昔の思い出に浸ります。。。

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サンデル本を読む

『マイケル・サンデル大震災特別講義-私たちはどう生きるのか』
を読む。

NHKで震災後に番組として放送されたものの書き起こし本のようですが、テレビを見る時間の無い私はその番組を見ていないので、購入しての読書体験となります。
前半が受講生とのやりとり、後半はそれを受けての書き起しでしょうか。

少なくとも私にとっては前半は、特に問題もありません。学生との受け答えも特に収斂せず、哲学的な考察が進められるわけでもなく、話題の整理に努めるだけなので、一般の人にとっては、震災にまつわる問題が、こんな風に整理される事もあるのかと言うくらいの驚きはあるでしょう。
後半部分も私にとってはそんなに驚きがあるわけではありません。サンデルが、一般的なプラグマティズム哲学的伝統に立つ人なんだなあなどと改めて確認できる場所があるくらいです。

しかし、やはりというか、そこに見るべきものがある事は事実です。
おそらくは初対面である学生の名前と顔を一致させ、即座に必要に応じて指名していくなんてのは、学生を感激させ刺激するだけでなく、おしゃれで、かっこよくもあります。
あんな事は、前日の疲れを引きずっていたり、二日酔いが残っていたり、ましてや朝から些細な家庭問題をふっかけてくる『賢妻』がいたりする人にとっては、
むりだー。。。

印象に残った内容としては、
彼がこの震災を一つの『転機』として位置づけられるかどうかは、まさに「我々自身に拠っている」と見ている事。
被災地出身で、その直後の惨状を見た私は、疑いもなくこれを「転機」と理解していましたが、考えてみれば、確かにこれが転機になるかどうか、どれほどの転機にするかどうかは、全て人の意識に関わっています。

社会科学的な物事は、全て認識を端緒とし、認識の変化が必要性を生んでいく事、変化した現状はもはや必然と思われる事など、すっかり忘れていました。

現実を冷静に見る目

忘れては、いけないね。

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試験期間早まる・・・

お仕事のメイン校の試験期間が、
この大震災と原発事故に伴う対策として
一週間早まり、授業期間の最終回に行うようにお達しが出ています。

それで無くとも講義予定に遅れてしまう、と言うか、いつもだいたいにおいて予定を消化しきれない私としては、未だにどうしようか迷うことしきりです。

加えて、学生の本分としての講義、つまりは勉学の機会が「対応策」と言うことで減少して良いのか?とか、
講義回数が減ることは、講義料つまりは学費との関係でどうなんだ?なんて事まで考えてしまいます。

休みが増えて、良いじゃんか!
などとのんきに言えないのは、
学費を払う親の身が判るような年になったと言うことであり、
それなりに真剣に講義内容を考えていると言うことでもあるのでしょうか。。。

とりあえず、教える身にとっては、
休みが一週間早まると言うことになりそうです。

でも、受験生を抱え、
その家の受験生が最後の球宴をひかえる身と合っては、
塾や試合会場への送り迎えと応援にいそしむ、
忙しい夏休みになるのでしょう。

加えて、書くんだったな・・・と。

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広大な被爆実験場

表題は職場の友人達が口にした言葉だ。

被爆基準値があの「福島原発事故」以来いつの間にか引き上げられ、
その基準値を超える農産物を中心とする被爆物質への対策も明確に示されないままに、
道路/公園/農地いたる所、放射能が累積して行く現状を指してのことだ。

「一時的な」「放射能汚染/被爆」に関しては、
過去の事故経験からも研究の蓄積はあるのだろう。

しかし「継続的」「広範囲」な、
「低レベル」の「放射能汚染/被爆」に対する日本の研究レベルは、
いったいどれほどのものなのだろうか。

その成果が、
十分にわかりやすく明確に示されている現状だとは
思えない事態が続いているように思える。

ヒロシマ、ナガサキと唯一の被爆国を自称しながら、
スリーマイル島の事故からも、チェルノブイリの事故からも
何ら成果を得ているとは思われないようだ。

少なくとも、今回の事故後の対応の中で、
被爆基準が何ら明確な根拠を示さずに引き上げられていること、
上限を超える農産物のその始末にさえ、
国からも県からも未だ明確な指示が無く、
これまた何ら明確な根拠も示されようとしていないことが、
それを現していると思う。

一市民としての現実的な対応を考えれば、
だからと言って職場や今ある生活を放棄して、
どこかへ避難するわけにはいかない。

だとすれば、為政者は
社会や国家や共同体維持のための最低限の基準を
予防原則に立って決定し、
根拠をもってそれを明らかにし、
その中での自己防衛を個々の市民に任せるしかないだろう。

そうであればこそ、
そこにこそ個々の市民が判断できるような情報の開示が必要であり、
判断基準の開示が求められることになるはずだ。

しかし、いずれのレベルでも
十分な対応が取られていないことに深く失望せざるを得ない。

社会の木鐸をもって任ずるはずのマスメディアでさえ、
その機能を十分に果たしていないのではないかと考えるのは、
私の不勉強の故なのだろうか。

「自然放射能」「過去の核実験の影響」「直ちに危険ではない」

そんな説明では納得できないと思うのは、私だけであろうか。

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書くぞ!

いつも口先だけになりつつある学問分野ですが、
先の学会発表から三年、論文執筆・公開から二年。。。

そろそろやらねばなるまいと言うことで、
本日から着手。

と言っても
パソコン作成が主となっている現状にあっては、
まずは手持ちの資料を電子化することから始めねばなりません。

しかしこれもメンドー。。。

PDFファイルをまずはトリミングし、
さらにテキスト変換もしなければ、、、
翻訳ソフトなんて、私の分野ではへの役にも立たないので、
そうしてまずは、文章読解。
そのための前作業の開始です。

二本書くぞ。

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