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2011年7月

「良い授業」って何だ??

節電影響で、メインの仕事場は試験の真っ最中。
本来の講義期間を早めての試験期間となっている。

授業が少なくなって、講義料はもらいドクだね~。とか
授業料払い戻し請求の勝訴の見込み。とか
そんな問題は、神々に任せておこう。

で、いつもテストの最後に感想を書かせる所を設けてあるのだが、
今日は、そこに書いてあった学生要望に関する話。

「先生の話に、歓声が上がったり、感心したりする面白い講義をして下さい」
「もっと身近に生かせる話をして下さい」

あのね、どうせテレビの世界で一番面白い授業とか、ためしてガッテンみたいな講義を期待しているのだろうけど、法律や理論的な分野の話で、歓声が上がるほどの講義について行くには、どれほどの前提的な知識や理論的蓄積を要求すると思っているの?

本当にマジでサンデル講義を受けようと思うハーバードの学生は、事前課題の古典的著作を読んでいるはずだよね。

親がかりで生活し、コンビニで生活必需品がそろう君たちの身近な所に「法」や「権利」があるなんて意識ある?

一流コメディアンを前にしても、彼の言語が理解できない。
こういう場合、まずその言語の習得が必要だよね。
前提的な知識を得ずして、その世界のおもしろさに気づくことは不可能だと思うよ。

も一つ最後に付け加えよう。
入社試験、採用試験、資格の取得。
テストというものの本質は、知識の有無でしか無いじゃんか。
本当のおもしろさは、無味乾燥の世界の向こうにあることに気づくべきだよね。

って、あーすっきり。

とは言え、学生さんのレベルによっては、
きちんとそこまで導いてあげないといけないことは重々承知。

さて、採点と評価。そして転記作業。
これが憂鬱なのです。。。

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2番手ではダメですか・・・

さてさて、今夏の予定、
愚息の考えも固まってきたようで、親としては全面サポート体制を構築する必要がありそうです。

で、どうなりそうかというと、
そもそもの彼の所属する野球チームの方針であった「土日活動」「平日はあくまで自主練」の方針に則り、それ以外は講習に出ると言うこと。逆に講習時間に重なる練習日や時間を設定されても、講習に都合がつかなければ、野球練習は休むと言うことらしい。
 つまりは土日・合宿はチーム野球優先球団練習に出る。それ以外は塾の講習に出て、勉学と野球のそれぞれを自己管理で過ごすというもの。

野球進学なんてさせる気は毛頭無いし、高い講習代金払っているんだから休むなよ・・・と言いたくもなりますが、
「優勝したい」「第一志望校にも行きたい」とも言われれば、親としては妥当な線と思わねばとも思います。

ま、高い目標を設定し、それに努力する過程から彼が何かを得ることができるとすれば、例え成功を掴むことが無かったとしても、彼の人生の糧になってくれるでしょう。

で、この夏の私の完全オフは、おそらく二・三日も無いことになるのでしょう。
お盆の帰省中に行われるはずだった出身校の記念演奏会へのOB出演。そしてそれに向けた腹筋強化策も水泡に帰すことになりそうです。
なぜなら、そのあたりが準決・決勝だ!

気持ちが悪いな・・・と思っていたら、原因がズボンのきついことに思い至り、腹筋強化策とズボンの購入を秤にかけたのも、ググッと新規ズボン購入に傾きかける本日です。

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夏の予定が決まらない。と言うか・・・

愚息の野球チームが昨日の大会で大敗し、・・・

いや、実は、関東選手権、出られるものと思っていました。
相手チームは勝ち進んでも、練習試合を含め、
負けたことのないチームでしたし。。。
そこが勝負事の怖いところで。。。

で、残されたのは、引退試合として用意されるらしい、
「横浜市長旗杯」

でもそこで問題が発生。

受験生としては、塾の夏期講習もあるしね。

負けに「錯乱」した代表(私には、そうとしか思えないのだが・・・)
は、「これからの練習、出られないヤツは、試合に使わない!」
みたいなことを言うし、
子どもの気持ちとしては、出たいものだろうし、、、
親としても、このチーム、一つくらいは優勝させてやりたいし。。。
保護者会の長としてもだ。。。

二兎を追う者は一兎をも得ず

とは、言うけれど、高校野球での舞台を追うためにも、
勉強は必要だ。(特にうちの場合は。。。)

普通の親ならそう考えると私は思うのだが、
期待するのは、野球を通じての子の成長でもあるし、
「野球バカ」で人生を終えられるものでない。
少なくとも大多数の人間は。
それに「バカの野球」ほどつまらないものはない。

文武両道
学業と練習のバランスが大切だ。
頭を使い、工夫しながらの練習が肝要なのだ。

強制にならないように、
知りうる限りの「人生経験」ってヤツを基に、
子どもと話し合いましょう。

しかし、なぜにこうも体育会系の方々には、
物事を一方的な単純モデル化してしまう人が多いのだろうか。
チームがこの一二年の間に急速に肥大化した要因はなぜなのか。
その要因の中には、近隣チームの中で学業と練習のバランスの取り方が絶妙であったというような要因がないのかどうか考えるべきだ。
仮にあると分析できれば、それとチームの勝利をどのように結びつければ良いのか、練習メニュウや日程の組み方に工夫できることはないのかどうかなど、何故にシミュレーションもしないで楽な方法を選択するのだろう。

精神主義一辺倒は、もはや時代錯誤なだけでなく、害悪だ。
息子の進学希望先がそうではなさそうなのが救いだけれど、
どっかのチームの指導者の皆さん、ちゃんと考えようね。

ついでに書いときますけど、
「言ってるよ」「やってるよ」も駄目だよ。

それを何人が理解し、実績を上げられているかが重要なんだからね。

これは教育者として、私自身が自らに課していることでもありますから。

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熱い夏・・・

昨日の仕事場からは、各地で上がる花火が見えた。
いよいよ、夏が始まる。
そんな気分になる。

今年の夏は、震災明けに、原発事故の見えざる影響下と
何かしらと考えさせるものが多いが、
加えて個人的には、長男の中学野球最後の夏に、受験の夏。

炎天下の練習を終えて、夜の講習に向かう間にも
こっくり、こっくりと居眠りを始める息子を見ていると、
親ながら目頭が、ジン!ときたりする。

で、こっちも休みで冷房も入らない部屋で仕事したりするわけで。

今年の夏は、熱くなりそうです!

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高橋源一郎の言葉

朝日新聞2011年6月30日の論壇時評の
高橋源一郎の文章に気になる言葉があった。

引用すると
「僕たち一人では『見えない』ものも、専門家は見せてくれることができる。だが、専門家が見つけたものには、それを『見よう』という強い意思を持つ、僕たちのような素人が必要なのだ。」

ここには、このところ考えていた、
専門家の責任と普通の市民に関する一つの答えがあると思う。

普通の素人は、まず何かしら専門的な知見を持つものの見解を
或いは、自分よりも優れていると思うものの見解を
謙虚に見ることが、そして何よりも、
見ようとする意思を持つことが大切だと言うことだ。

私の場合は、自身が「法哲学徒」であり/自称しており、
その意味では、規範現象の専門家と言うべきであろう。
(だから、規範現象に関しては、謙虚に学問し、
 素人に対しては、責任ある知見を述べる責任を負う。)
しかし、
それ以外の分野に関しては素人であり、
より謙虚に学習し、学問することが必要となると言うこと。

そして、こういう構造は、誰にしてもあることであり、
グラデーションの違いこそあれ、誰にしも当てはまることだろう。

誰もが「素人」の可能性は否定できず、
その意味で、見解の違う意見には、
「謙虚」であらねばならないと言うことになるのでしょう。

だが、これが難しいところで。。。

日常生活の細々したことは、常に決定を待っているし、
常に結果が出てくることなので。。。

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