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「京都」に嫌われた「陸前高田」の松

一昨日あたりからの報道によれば、
被災した陸前高田市の沿岸部に広がる松林「高田松原」
から流された松を使った「薪」に、
被災した方々がそれぞれの思いを込めて、
五山の大文字の送り火に使用する計画だったらしい。
しかし、
心ない非難の声によって、使用断念に追い込まれたとのこと。

高田の松に書き込まれたそれぞれの思いは、
護摩木に書き写されて使用されるとのことであり、
薪そのものは陸前高田市での迎え火に使用されたとの報道であるが、
私には少なくとも、ここから二つの問題が浮かび上がるように思える。

一つは、心ない風評被害を拡散する「自律しない、考えない人々」であり、
もう一つは、波風を立てないことが行政的な仕事と考える「小役人」だ。

私の故郷平泉でもお盆の終わりには、京にならった「大文字焼き」が行われる。

前九年・後三年の役までの東北の人々、朝廷軍の人々、
犠牲者をわけ隔てることなく鎮魂することを願った
「平泉」の大文字送り火こそ、それを使うに相応しい。

東北岩手住田町には、
被災証明をやみくもに出さない多田町長のような人もいるそうだ。

毅然とした行政リーダー
自立/自律する個人

東北の復興を支えるのは、そういう人々だろう。

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