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「君子」だったら、豹変しなさい!?

戸羽太『被災地の本当の話をしよう』を先ほど読了。

小さい頃から父母や兄姉たちとも訪れた陸前高田の高田松原。
震災後、
半島の付け根にある小さな小学校に支援物資を届けに行った時のすさまじい光景。
五月、二度目に行った時に圧倒された臭いと埃。

記憶と五感に焼き付いた感覚が思い出され、
著者と同じような自分の子供たちのことも考えるに、第一章は特に、
涙無くして読めないものだった。

稿中立ち現れる、信じられない議員や官僚たちの振る舞いや、
言わずもがなの「縦割り」に立て籠もる「小役人」たちに、
「そこでもか?それでもか?」と憤りながら読んだ所もある。

「東日本大震災復興構想会議」とか「復興庁」とか
すでに立ち上がっているはずの行政組織も、何をやっているんだ?とか、
多くの疑問もわき出てくる。

「被災者は24時間被災者」であり、
首長たちは住民の希望を繋ぎ止めるために
「2年間での復興」「8年での復興」をそれぞれ口にしているのに。

しかし、同時に思うことは、指導者=リーダー像について。

無私にして、文字通りの献身的行動。
「政治家はみんなを幸せにしなくてはいけない」と素直に思える感性。
自ら以外の被災者の多くの悲しみをも思いやる共感力。
人脈をも将来復興につなげて構想する創造力。

不謹慎ながら、非常時であるからこそ
著者である戸羽氏の卓越した指導者像が浮かび上がったのでは?とも思う。
しかしながら、
それらは、「平時」においても必要とされるものだろう。

非常時において、それが卓越するのは、誰の目にも明らかだから。

「平時」においてそれらは、
利益共同体を一つにする側にとっては不利益になり、
心配性であり、誇大妄想家だ。

瓦礫の山や荒廃したふるさとを目にし、腐敗する臭いをかげば、
誰もが、今ある現状の危機的状況を体感することができる。

しかし、
霞ヶ関にこもる役人に現地の惨状がリアルに認識できないように、
低レベル放射能の恐怖や崩壊しつつある日本の政治的状況や官僚や教育も、
体感することはできない。

どこかが「危機的状況である」ことを共有することすら難しい。

「ある認識」を変えることは、めがねを掛け替えることよりもずっと難しい。
掛け替えてしまえば、もっとはっきり見えたり、
サングラスを変えれば、色まで変わって見えるのに。

だとすると、本当に指導者層にとって必要な最低限の能力は、
「自らの認識に拘泥しないこと」なのかも知れない。

「君子」は、豹変す

この言葉、本当は、そんな所に本当の意味があるのかも。

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