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2012年5月

正義論は不毛か?

果ては家庭での妻との諍いから、
実践活動での政策選択の一端まで、
実は何が「正しい決定か?」の問題であることが少なくない。

言うまでも無く、
それは正義論と言われる学問分野であろう。

学問分野のそれは、2000年以上にわたる西洋・東洋の蓄積をふまえ、
難解な用語を操る、複雑な理論展開の結果に、
一応の理論的整合性と、その選択を私達に求めてくる。

それに従えば、日々起こる日常の選択も政策選択も詰まるところ、
単なる正義論上の組み合わせに過ぎない。

あるいは、その破綻形のなれの果て。

しかしながら日々直面する活動で、やっかいなのは、
主張する本人が、自らの正しさの源泉が、
矛盾していることを理解していないと言うこと。

それは、どっかの偉いさんのことでは無く、
私の妻であったりするわけだけど、
若い時には「全然、わかんない!」なんてのも
「可愛いわがまま」で許してあげられたものが、
「ばばあ!あふぉなら、言うこと聞け!」なんて気になるのは、
過剰な愛情の裏返しなのだろうか?

とは言え、大学から、どこぞのお偉いさんまで、
「正義」なんて実践できないから
その価値はますます高まるのね?

なんてことで、今晩はもう明日に備えることに致します。

まずは、人は、
何をやってきた人か?
何をやっている人か?  で、
その人の言っていることまで判断しますから、
まずは日々のやるべき事を、きちんとこなして、積み上げましょう。

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憲法記念日に私も一言

憲法記念日に私も一言。

護憲/改憲、かまびすしい昨今、今一度考えて欲しいこととして、
講義の時に、たいていの学生さんたちにも話すことを一席。

大学院生として講義を受講していた、
ある憲法大家の大先生からのお話しです。

あの終戦の日に、先生は
所用を終えて、いつものように御茶ノ水駅から大学への研究室に向う途上、駅頭で玉音放送に遭遇したそうです。

雑音の多い上に、途切れ途切れでよく判らない
その放送を聞き終わったあとの

「見上げた時の、空の蒼さと、
 一面の焼け野原の向こうに広がる海の碧さを、
 私は生涯、忘れることができない。」 と仰っていました。

そして、大学からの帰り道に、
すでに道々に広がる、灯火管制を逃れた家々の灯りと、
透かし見える団らんの姿、そして、漏れ聞こえる家族の声に、
人生の大半を戦火に過ごすことの異常さを
改めて実感したとおっしゃっていました。

戦後、新憲法の制定に参加したその先生は、
この憲法が、日本の戦前から続く民主主義的学問の集積に加え、
本国のアメリカでさえ成し得なかった「理想」を加味したものであ​ること、
そして、
多くの国民が、長く体験した戦火のリアルな反省の上に成ったもの​であって、
少なくとも当時の多くの日本国民の支持を得たものであることを、
君たちは忘れてはならないと力説されていました。

若造のくせに、法哲やるなどとはけしからんとも説教された、
勉強嫌いの私でしたが、
今でも、強く印象に残ったお話しでした。

その後の改憲に対する姿勢の時流の変化を省みてみると、
今だからこそ、強く思い出すべきエピソードなのかも知れません。

憲法が、聖書や聖典でないことは確かな話。

法律が、時代の流れに沿わねばならないような、
時代に画された不完全なものであることも、また確かな話。

しかし、
もはや名も知れぬ人々の、不断の歴史的集積の結果獲得され、
無駄も多い教育の結果、
幾世代かに共有され、
「つまらぬもの」と、なりはてたかも知れぬその中に、
積み重ねるべきものと同様に、また、
失ってはならぬものも、またあることを、

我々は、「自律自成」する一人の人間として、よく考えねばなりま​せん。

同時に勢いだけで決める政治は、
歴史から何を学んだものかを、
改めて、よく考えねばなりません。

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