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正義論は不毛か?

果ては家庭での妻との諍いから、
実践活動での政策選択の一端まで、
実は何が「正しい決定か?」の問題であることが少なくない。

言うまでも無く、
それは正義論と言われる学問分野であろう。

学問分野のそれは、2000年以上にわたる西洋・東洋の蓄積をふまえ、
難解な用語を操る、複雑な理論展開の結果に、
一応の理論的整合性と、その選択を私達に求めてくる。

それに従えば、日々起こる日常の選択も政策選択も詰まるところ、
単なる正義論上の組み合わせに過ぎない。

あるいは、その破綻形のなれの果て。

しかしながら日々直面する活動で、やっかいなのは、
主張する本人が、自らの正しさの源泉が、
矛盾していることを理解していないと言うこと。

それは、どっかの偉いさんのことでは無く、
私の妻であったりするわけだけど、
若い時には「全然、わかんない!」なんてのも
「可愛いわがまま」で許してあげられたものが、
「ばばあ!あふぉなら、言うこと聞け!」なんて気になるのは、
過剰な愛情の裏返しなのだろうか?

とは言え、大学から、どこぞのお偉いさんまで、
「正義」なんて実践できないから
その価値はますます高まるのね?

なんてことで、今晩はもう明日に備えることに致します。

まずは、人は、
何をやってきた人か?
何をやっている人か?  で、
その人の言っていることまで判断しますから、
まずは日々のやるべき事を、きちんとこなして、積み上げましょう。

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