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2012年6月

ある講義に受講生からクレーム

先週土曜の一限目が終わり、
二限目までの間に校舎の外で休憩している時のこと、
いつもは下を向いてそれなりにメモをとりながら聴講の学生さんが、突如話しかけてきた。

先生、俺、あれ、この講義耐えられないんす!っけど!

ドキ! グサ!

自転車的準備の、そのあまりの内容の杜撰さに、
ついに受講生からのクレームか?

とよく聞けば、どうもそうでは無かったようで (ホット一安心)。

つまりは、こう。

こんなにテキストの理解を原典確認していくような講義はなかった。
それ故に、テキストを忠実に読むことの難しさを改めて知った。
しかしながら、この点に関しては、解説を改めて聞くとよくわかる。
(ので、ついて行ける。)

耐えられないのは、
テキスト精確読解が終了した後に予定されている応用編、
自ら課題を設定し、テキスト内容を生かした考察をせよ!
とのことらしい。

しかもそれで
8000字から10,000字程度のレポートまで書かせられるとは!

おまけに、赤入れて書き直しまでさせられるとは!

そんな面倒なことはないと思ったから、(あ)ほう学部選んだんだし。
そんな単位無くても卒業できるはずだし。
との弁か?

あのね、法律系仕事に就きたいなら
大容量、難し単語系、の難解な文章を、大量に、
しかも短時間で読解しなければならないことなんて当たり前だし、
あっち行ったり、こっち行ったりするお話を、
要するに争点はこういう事なんてまとめるのは必要的能力だよ。

おまけに、対応すべき現実問題が教科書通りなんてことは無い!んだから、
それぞれの問題や目的に合わせて再構成し、
おまけに立論から結論に至るまでに、
説得性がないとあかんのだよね。

などと原則通りの説明をするしかなかった。

君が今まで、そう言うことを避けてきたことは、
ある程度理解できるけど、
僕としては、それは(普通の大学生としてもある程度)
必要的能力だと考えるし、
その能力を身につけるために、君が努力し続ける気があるんだったら、
講義時間以外でもつきあうからね!

と言うしかなかったのですが。
いいのかなあ。。。

しかし、それでも
(つまりは、きちんとそう言う能力が身につかずに)
卒業できるとなると、それも問題だよなあ。。。

ちがう?

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カントの奴隷制

あの有名なカントが奴隷制を容認していると言われて、
現代のどれだけの人が納得するだろう。
もちろん私も納得しない方の一人だった。

しかしながら、様々な人付き合いの上で、侍的な人と百姓的な人がいるよな~とは、日々感じてはいた。

この場合、
「侍的」な人とは自己の発言に責任を持ち、自省的自制的に自分を向上させることができるような人であり、
「百姓的」とは視野が狭く、目の前の自分の利益には貪欲で、反省も無く従って向上心のない人。

実はカントの奴隷制容認も、要するにそう言うことなんだろうと思う。

しかしながらカントの「自由」はほんとに厳しい。
自らの感性や欲望からも自立していないといけない。

「自律」する事のできる自由な市民
  対 「他律」に従うことに疑いすら持たない奴隷。

さすが一流の哲学者だけあって、
人や社会をよく見ているものだなーとも感心する。

要するにそう言う奴隷は、現代にもいるって事だ。

人間の有り様を深く観察すれば、
奴隷制は、現代ですらその存在することを認めねばならないもの
という事なんだろう。

もっともどうしたら「奴隷」を打破できるかは、
よく考えねばならないけど。

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