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「経験」から学べること・・・

実は私、「法哲学」が専門だと自分では思っております。

担当はいまだに「日本国憲法」や「倫理学」ですけど。
(あ、「情報倫理」も加わりました。
 「生命倫理」もやってるなあ。かすりの「民法」も。)
(「法思想史」はどっかで突っ掛かっているらしい。。。)
(寡作なんで、そのうちどっかに代表論文アップしておきます。)

しかし、実践活動として社会問題なんかも行政との関係で扱うわけなんですが、具体的な問題解決に向かう際に、どうしても学者以外の方々と折衝しなければならないことになるわけです。

ま、専門中の専門領域が、法的実践主義(Legal Pragmatism)ですから、実践問題を考えるのはまったく苦痛でもなんでも無く、むしろ形而上的問題なんかくそ食らえと思っているわけですから、好ましいもんなんですが、
困るのは、その過程で遭遇する人々の考え方に、問題を感じてしまうと言う、「形而上的問題」。

何を「事実」として捉え、その中にどういう「問題」を感じており、その「解決」策あるいは「帰結として何を目指し、する」のか?
そしてその一連の過程をどのように立論し、どういう筋道で考えているのか?

気になって仕方が無いわけです。

もちろん、「問題ありありだなあ・・・」と感じることの方が多く、
時には、「すばらしい!」と感嘆することも少なからず。

実はそれら、若いころに考えていた、
「事実懐疑主義」の問題だったり、
「規範懐疑主義」の問題とも重なることが多く、
ここ数年抱えっぱなしの、「理念」や「正義」の問題だったりするわけです。

その意味では、カエルはかえるの子
結局、まったく進歩してね~のな!とも思ったりするわけなんですが、

唯一の違いは、それらの問題に、「リアリティー」を感じるようになったこと。

ばかが抱える問題、正解は常に存在する!と一蹴したいのが若いころでしたが、
最近は、そのことの本当の難しさを感じ、その問題を論じる内容の言わんとしていることの実像が浮かんでくる気持ちがします。

同時に、実像をはらまない、
単なる論理の展開に依拠するものは、軽く思えてくるわけです。

それは進歩か、進展か。

願わくは、その判断力も磨かれていることですね。

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