« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »

2013年3月

小友中学校からの震災見舞いのお礼葉書に返信

二年前の震災の時、友人知人の皆さんにもお声かけをし、
私の友人が副校長を務める陸前高田市小友町の小友小学校へ
ささやかながら救援の物資を届けました。

下記は、
同居する小友中学校三年の生徒さんから頂いたお葉書の内容と、
今日、何とか中学校の閉校式に間に合わせようと書いた
私の返信の抜粋です。

ご協力頂いた皆さん一人一人にご報告できれば最善ですが、
これをもってご報告とさせて頂きます。
有り難うございました。

------------小友中学校の村上さんから

前略

震災からもうすぐ二年経ちます。

皆様のご支援のおかげで小友中にふたたび笑顔があふれるようになりました。

2011年3月11日。小友中学校と小友町は、大きな傷を負いました。でも今は日本中、そして世界中の方々の応援で明るさを取り戻し、私たちは毎日を楽しく過ごしています。

小友中学校は三月末に閉校することになりました。しかし、たくさんの方々からいただいた元気と「心」を忘れずに、最後まで誇りを持って小友中の歴史に幕を閉じたいと思っています。

この二年間の経験を未来に生かすために、私たちは一歩一歩前に進んでいきます。

皆様、本当にありがとうございました。

---------私の返信

家に帰ると、
見慣れないかわいらしい文字で書かれた葉書が置いてありました。
普段固い内容の書類ばかりを見慣れた目には、何だろうと不安な感じの葉書でした。

内容を読み進むうちに、あの陸前高田市の小友町の学校の生徒さんであることが判り、被災直後に何度か訪れたことも思い出しました。
あの時は、私も、私の友人たちもみな、何かをしなければとの思いで一杯だったのです。

しかしその後、それぞれが負う日常の仕事や細々とした事柄に追いまくられ、気になりながらも、あなたたちの所に伺うことはできずにいました。

あなたの葉書に、それでも笑顔あふれる日常の戻りつつあることを知り、救われました。

おそらくはたくさんの方々がボランティアや援助者として関わりを持ったはずの中で、一人一人に御礼の挨拶を出すことは、難しく、骨の折れることだろうと思います。
しかし、あなたのお葉書で、救われた気持ちになり、さらにまた東北の引き続く被害に対して、何らかの形で応援しようという気持ちを思い出したという人も多いはずです。

ありがとう。

さらにまた村上さんのお葉書は、私に昔の記憶も思い出させてくれました。
それは私の最初に入学した中学校も、すでに統廃合の中に消えてしまったと言うことです。

中学1年生の時、私は消え去る学校に思い出を語る先輩方を目にし、新しい学校への不安でいっぱいでした。2年生からは、新しい学校の、新しい伝統を作ることに、精一杯でした。

小友中学校が震災をきっかけにその歴史を終えることは、悲しいけれど、現実ですね。

しかし復興のその槌音が響かねばならないように、新しい中学校が作り上げられていかねばならないことも、また現実です。
後輩の皆さんには、良き小友中学校の伝統と、新たな伝統の創造を教え、導いてあげて下さい。

さて、村上さんご自身も、新たな高校生活への門出ですね。

私の人生を振り返るに、高校時代が一番充実していたし、その後の人生の中でも一番重要な時期だったと思います。
小友地区をご支援させて頂くきっかけの渡辺先生(もう一人Johnがいたので「わたじゅんと私達は呼んでいます。)とも、高校時代に知り合いました。
そして今も尊敬しています。
小友小学校への訪問では、もう一人私と出身地が同じで、東京でも夢を語り、面倒を見た後輩とも再会することができました。

高校時代には自分が何者かを自覚し、どういう人間が尊敬すべき人かを見極め、自分の人生の方向性を見定めるときだと思います。
同時に、一生つきあえる友人とも出会えることの多い時期だと思います。

復興の足取りは遅くとも、人生の歩みをとどめることはできません。

村上さんが実り多い人生の端緒として、実り多い高校生活、そしてその後の若き時代を送るようになることを期待しています。

平成25年3月21日(水)
村上 様へ

追伸:
私は大学で講義も行っています。
またあなたと同じような年頃の娘も保つ父親でもあります。
いつか東京や神奈川に来ることがあれば、
また何か私に力になれるようなことがあれば、ご相談下さい。
いつか、会えると良いですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

帰宅すると、かわいらしい文字で書かれたお礼状が・・・

先週、自宅に帰ると、机の上に見慣れない
かわいらしい文字で書かれた葉書が。

二年前の震災後、高校時代の友人が副校長を務めるご縁で伺ったことに対する、御礼のお葉書でした。

こちらの友人方からも預かった援助物資を車に積み込み、二度ほど伺いましたか。
まさかの御礼に途惑いましたが、
さらにそこには、小友中学校が廃校になるとのお知らせも。

援助物資に協力してくれた皆さんへのご報告も兼ねて、
このブログでも、ご紹介させてた頂きます。

--------以下引用(多少変更あり。皆さんからのご支援でしたので。)

前略

震災からもうすぐ二年経ちます。

皆様のご支援のおかげで小友中にふたたび笑顔があふれるようになりました。

2011年3月11日。小友中学校と小友町は、大きな傷を負いました。でも今は日本中、そして世界中の方々の応援で明るさを取り戻し、私たちは毎日を楽しく過ごしています。

小友中学校は三月末に閉校することになりました。しかし、たくさんの方々からいただいた元気と「心」を忘れずに、最後まで誇りを持って小友中の歴史に幕を閉じたいと思っています。

この二年間の経験を未来に生かすために、私たちは一歩一歩前に進んでいきます。

皆様、本当にありがとうございました。

         陸前高田市立小友中学校三年 村上

-----------------------以上

今週末が閉校式のようです。

件の友人と話しすると、沿岸部では、最近の少子化に加えて、この震災関係もあってか、閉校するところ、閉校話は多いとのこと。

先生は異動の時期でもあり、また後ろ髪引かれる思いの先生方も多いのでしょう。

まだまだ、震災からの復興が果たせていないことを、
報道もされず、
私も自分の日常に紛れて忘れることの多い「悲しみ」が、
いまだ続いているようです。

お礼状をくれた彼女には、何とか閉校式に間に合うように、
私も中学時代に学校統合を経験していますので、
元気づけられるようなお返事をしたためようと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

野家先生の言葉

先ほど手元に届いた、有斐閣『書斎の窓』
巻頭、科学哲学者の野家啓一氏の文章が興味深い。

内容は、科学者に求められる倫理綱領が、時代によって変遷しているというもの。

20世紀の半ばまでのそれは、「真理の探求」であって、アメリカの社会科学者ロバート・マートンはそれを1949年に「CUDOS」とまとめているという。

① Communality 公共性
② Universality 普遍性
③ Disinterrestedness 利害の超越
④ Organized Skepticism 系統的懐疑主義

だがしかし、これらは必ずしも守られたわけでは無く、よく知るようにマンハッタン計画など、国家や企業目的のために科学者が奉仕する時代が続いた。

イギリスの科学哲学者ジョン・ザイマンは、この傾向を1994年に「PLACE」とまとめたという。

① Proprietary 知的所有
② Local 局所的研究
③ Authoritarism 権威主義
④ Commissioned 委託研究
⑤ Expert 専門家

科学者が専門化された領域に止まり、権威主義的に振る舞うと同時に、知的所有権を保持して、企業や国家の委託研究に邁進する姿を現している。

その帰結がどういうものとなっているか、野家は明らかであり、特に「3・11」以降の我々には、その反省が求められているとして、それを「RISK」とまとめる。

① Reliability 信頼性
② Intergenerational Ethics 世代間倫理
③ Socio-Culutural Literacy 社会文化的リテラシー
④ Knowledge-Product Liability 知識の製造物責任

今、我々が課せられている責務は、科学技術のあり方そのものを、再考することであると指摘しているのだ。

けだし、まっとうな指摘だと思う。

よく考えるために、忘れないための、メモ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »