第二回 被災地支援報告

先週5月14日、第二回目として今回も多くの方々のご協力を戴き、
陸前高田市小友小・中学校に、
野球用品(バット、グローブ、ボール、スパイク、ヘルメット、バッグ等)
バレーボール、サッカーボール、バトミントンのセット
小さな子供用の遊具
手作り石けん          など
多くのものを届けることができました。

当日私の友人はあいにく留守でしたので、後日早速に電話連絡をくれ、子ども達だけでなく、ママさんバレーを楽しむお母さん達も大変喜んでくれていることを伝えてくれました。

特に多くの野球用品は、小学校の子ども達だけでなく、大会を控えた中学校の子ども達の活動にも早速生かされ、「これでクラブ活動が再開できる」との伝言まで頂きました。

もちろんのこと、多数のボールなどは、周辺のクラブや学校でも使えるよう手配するとのことでした。

今回は、息子の所属する硬式野球クラブ「厚木ボーイズ」代表の全面的な協力もあり、保護者会の方々からも多数の協力があり、大量の練習用ボールや新品の道具類に加えて、練習着なども送ることができました。
前回同様、二回目の援助の方も多くいたことは感謝しきれません。

加えて前回同様、私の住む清川村の小学生野球チーム「清川緑リトルスターズ」とその保護者の方々、緑小学校でお付き合いのあった保護者の方々がさらに追加の、そして今回は「清川村の子供会」の子ども達が、手作りの石けんを届けてくれるなど、真心のこもった品々を届けることができたのではないかと思います。

ご協力頂いた方々には、本当に有り難うございました。

現地の方々の感謝の分も、
心ながら何度も感謝していることをここに明記しておきます。

現地は前回と比べ、市内はだいぶ片付き、散乱する多くの瓦礫は
市内のあちこちにまとめられていましたが、
海風が吹くたびに舞い上がる大量のほこりは、
さらに災害の規模と悲惨さを物語るものとなっていました。

そして、ひとたび郊外に出れば、
そこには、まだ撤去しきれない大量の瓦礫が散乱しています。

田んぼや畑や、山林や海岸に散乱する多くの瓦礫を取り除き、
美しかった三陸の風景がもどるまでには、
まだ、多くの時間と地道な人の手が必要でしょう。

連休が明け、学校が通常にもどることからか、
平日のボランティアの数も激減しているようです。
加えて、自宅の砂や泥の撤去に人手は欲しくとも、見ず知らずの人手を借りられない田舎の人と、何とか都合をつけるボランティアがいても、それを効率的に結びつける「組織」の余裕がないことも、復旧の端緒である片付けすら迅速に進まない状況を生んでいるように見えます。

対照的に、炊き出しに訪れる芸能人と、そのための整理券配布などの作業を押しつけられることに、うんざりする現地責任者。

「被災地支援の需給のミスマッチ」を象徴する場面に、私も遭遇しました。
もちろん、東北の被災地の人が「うんざり」する表情を見せるはずもありません。
私の深読みかも知れません。
これももちろん、未だ炊き出しを必要とする避難所も存在し、必要とする人々もいることでしょう。

しかし、「必要とする援助は、時々刻々、場所ごとに異なりを見せている。」
と言うのが、もはや月並みかも知れませんが、
二回目、震災から二ヶ月を経た現場を見た上での私の実感です。

そんな中で、少しの間中学校の先生達ともお話をし、その後電話で友人とも話をした中で、おもしろい支援のあり方に気づきました。

それは、項を改めて。

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